『ねぇ、ちょっと、聞いてる? もしもーし』
そんな事口にしながらふわふわと俺の周りをまわっている。――人の周りをぐるぐる回るなうっとうしい!
こういうやつもたまにいるから、なるべく目線を合わせないようにしてんのに!心の中でぼやきながらも何もなかったようにして伊織と話をしながら買い物に行こうと歩を進める。
その間も周りをふわふわしながらギャーギャー言っているようだが、まったく相手をせずに……いや、やっぱり多少は気になってしまう。 小さい頃も何度かそのモノ[幽霊」たちの言う事を聞いてあげたり相談に乗ってたりしていたからだ。おかげでほんの些細《ささい》な事から事件になりそうになったことまである。いや、確か一回新聞にニュースとして取り上げられたことがあったような気がするが……まぁ今はいい。 そんなことばかりしていて気づいた事がある。むやみやたらとそのモノたちの言う事、頼みごとを聞いてはいけないということだ。大半はろくなことがない。『こら、ちょっと話ぐらいききなさいよぉ。ゴメンきいてもらえないかな?』
『ね? お願いします!』回り込んできたそのモノがペコっと腰を折るくらいに曲げて懇願してきた。
「ッ!!」
歩みを止めて額に手をあてて考え込んでしまう。 そんな俺を少し離れて歩いていた伊織が少し横を通り過ぎて不思議そうに顔を覗き込んでくる。 「お義兄《にい》ちゃん?」 つくづく俺は俺が嫌になる。守りたい大事なもの存在が近くにいるのにそのモノの話を聞いてあげたいと思ってしまっている自分に腹が立つ。 でもここで無下にしてしまって、伊織にもしもがあってはそれこそ自分が許せなくなるだろう。「ん? あぁ、ちょっと寄りたいトコがあるから、悪い伊織、先に店に行っててくれないか?」
「あ、うん。それは大丈夫だけど、お義兄《にい》ちゃんこそ大丈夫? なんか顔色良くない感じがするけど」――くっそ、俺の勝手な行動にも文句を言わず、ましては俺の心配をしてくれてるなんて、よくできた義妹《いもうと》だなぁ。なのにおれはコイツの話を聞こうとするなんて……。
「ん……大丈夫だよ。悪いなすぐに追いつくから」
わかったぁ~。じゃ後でねぇ~っと言いながら、素直に歩いて店を目指す伊織をその場で見送る。
『へぇ~、ああいう娘《こ》が好み? 彼女さん?』
ま!っというような感じでいつの間にか隣に並んでいたそいつは両手を顔に添えて一緒に伊織を見送っていた。
「な!、ち、違う、妹だ、義妹《いもうと》!」 ぶっ!! と噴き出して慌てて否定する。――俺はともかく、俺の彼女に見られたなんて伊織に失礼だろ。おれはしがない兄貴なんだから……。
「で、話ってなんだよ?」
『あれ? 聞いてくれる気になったの? なんで?』 ふわふわ浮きながらホントにフシギだな? という顔して覗き込んでくる。――あれ? 意外とこいつかわいいかも? 義妹《いもうと》の伊織が清純派だとするとこいつはカワイイ系というか、今時風にまとまってるというか。いかんいかん、頭をぶんぶんと振る。かわいくてもこいつは[幽霊]なのだ。変な気をだしてはいかん。
『どしたの?』
「い、いや何でもない。ここじゃアレだから少し奥に行って話そう」周りを見渡して細い路地をみつけ手招きして「こっちだ」っと歩き出す。
そいつも何も言わずに静かに後を付いてくる。 少し歩くとこじんまりとした公園がある。そこのベンチに腰を降ろして小さなため息をついた。 そのモノはふわふわと浮いて目の前に立つようにして止まる。「で? 相談ってなんだ」
『何そのめんどくさそうな顔』 「だってホントにメンドいんだもん」はぁ~っとまたため息をつく。
『確認してもいいかな? 私の姿が見えてるし、話もできるのよね?』
「そうだけど」 『じゃあ、私以外にも私みたいなモノがみえてるのよね?』 「そうだけど」 『真面目に答えなさいよ! なんかやる気が感じられないんですけど!』はぁ? てな顔に今の俺はなっていると思う。
「正直、めんどくさいしどうでもいい」 『あなた、ほんとにやる気ないわね……まったく、やっと私が見える人が見つかったと思ったのにこんなにやる気のない人だったなんて、しかも若そうだし、頼りなさそうだし……』ブツブツと小さな声で独り言をつぶやいっているようだが、残念ながら俺はそういう事を聞き逃すようには出来ていない。そう簡単に言うとカチーンときた。
「あぁ~そうですか、頼りなく見えましたか。そりゃすいませんね。確かにまだ中学生だからな。んじゃ見える大人な人にでももう一度会えるように祈っててやるよ」
じゃあなっと手をあげて腰を上げその場から離れようとした。もちろん買い物に行く途中だし、先に行かせた伊織も気になるし。『ご、ごめんなさい。ちょ、ちょっと待ってよ!』
ふわふわ浮いていたのが目の前まで来て両腕をいっぱいに伸ばし俺の体を押しとどめようとする。 もちろんいろんな意味でスルーしちゃうんだけど(主に物理的に)、それでもそのモノはまた前に回り込み押しとどめようとする。『ごめんなさい、ホントにもう言いません。話だけでもキイテクダサーイ』
最後ちょっとふざけたか?
『聞いてくれないなら、あんたの義妹《いもうと》にとり憑《つ》くわよ』
――なに?それはマズい。
冷や汗が背中をつたう。前に一度妹は何者かにとりつかれたことがある。それはもう家の中でたいへんなことになった。本人は覚えてないだろうけどあの時も……。[大事な義妹《いもうと》を……伊織を、お前たちに渡してたまるかぁ]
――うーん自分的にも思い出すとめちゃくちゃ恥ずかしい。もう穴の中に入って暮らしてしまいたいくらいに。
『もしもーし、ねぇちょっと帰ってきてぇ~』
「は!!」 自我復活!「わ、わかったよ、は、話は聞くから。イ、義妹《いもうと》、伊織にとりつくのだけはナシで頼む」
『オッケー。なら約束する。妹ちゃんには今はとりつかないから』 気を取り直して先程まで座っていたベンチに腰を下ろす。この時点で結構体力は消耗してるけど仕方ない。話を聞かなきゃ伊織が危ない。『えと、まずは自己紹介します。私は日比野カレン。私立明興《めいこう》学園中学の三年生です。生きていればだけど……』
――ちっ、お嬢様かよ。「俺は藤堂真司。この近くの中学の三年だ」
『あら、同級生だったの。なら私の事はカレンでいいわ』 「わかったよ日比野さん。俺は……まぁどっちでもいい、好きに呼べよ」俺と同じ歳で[幽霊]になるとは、まだやりたいこともやれるだろうし、未来は広がっていただろうにと、少しかわいそうだなと思う。そのモノたちに対しても同情的に接してしまうことも自分ではダメなことだとはわかっているが、心の底からはそうは思えない自分も確かにいることも事実なのだ。
「で、話ってなんだよ」
『あ、そ、そうね。なんだか話せる相手がいるってわかって忘れてたわ』――おいおいマジかよ……こいつまさかお嬢様学校でもポンコツ系か?
『実は私……』
「あぁ~っと、ちょっと待ってくれ。一応話は聞くって言ったけど、こっちからも断っておくぞ。俺は確かに君たちみたいなモノを見たり、話せたりはするけど成仏とか、天国とかに送ったりすることはできないからな」 真面目な顔をカレンに向けながら話す。カレンは「わかった」と言ってうなずいた。しかもこれだけは言っておかなければいけないことがある。 「しかも、俺はお前たちのようなモノが好きじゃないし、慣れてるわけじゃないからな!」『私だって……私だって好きでこんなモノになったわけじゃない! それに言っておきますけど、私はまだ生きてるはずですぅ!』
――何言ってんのかなこの娘は? その状態になってまで生きてるってことはまずない。まぁたまに死んだ事が信じられなくてさまよい続けてるやつもいるけど。考えられるとすればそれは……。「え!? なに、もしかして生き霊さんですか? あれ? 体から離れちゃったはいいけど戻れなくなった系? それとも自分から生きて霊になっちゃった系?」
うわぁ~って感じの生暖かい視線でカレンを見る。 すると霊体だから赤くなってるかはイマイチわからないけど、急に俺のいる周りが寒くなってきたのでチョット怒りモードになっていることがわかる。『ちーがーいーまーすー! なっちゃった系とかそんなんじゃなくて、真面目に聞いてよ!』
「はい」 冷気に押されて素直にうなずく。『よし! では説明するね。一週間前くらいかなぁ、いつものように授業が終わって帰ろうとしてたのよ。で、校門のところで友達から声を掛けられて普段では使わない学校からの帰り道を二人並んで歩いてたわ』
「へ~、お嬢様って豪華な車で毎日送迎とかしてもらってるんじゃないのか?」 ちょっと真面目な話になりそうだったので少し軽口をたたく。『普段から毎日じゃないわよ。それに送迎されてもらってるのは、本当にお嬢様って感じの人たちだけよ』
そう言ったカレンが俯いて、顔が少し困ったような、怒っているようなそんな表情を一瞬だけした。それからすぐに俺の方に向き直って続きを話し始める。 『でね、私は途中の駅で電車に乗らないといけないから友達と別れて駅に向かって、数分で駅について電車を待って、乗らなきゃいけない時間になったからホームに歩いて行ったわ』 そこまで話し終えるとカレンは一息つくようにため息を漏らす。『そこから、そこから記憶がないの。ううん気が付いたらこんな姿であの場所でずっと立ってた。助けてって話しかけたり、つかもうとしてすり抜けたり、毎日続いてたの』
この娘は、もしかしたらそのホームから落ちて亡くなってしまっているのかもしれない。でもその前後があいまいなせいでそれが受け入れられず、こうしてさ迷い歩いている。そう考えた俺はやっぱり悲しくなった。自分の死は受け入れられないにしても、自分の体に戻してあげたいと思った。
「じゃあ、俺は何をすればいいんだ?」
もちろん体に戻りたいというのであれば探せないわけじゃない。 ――あれ? 待てよ? でもそれならば自分でふわふわと行けるはず。もしそこで死んだならばこの娘は駅にいなければおかしい。『私は死んでない。ぜったいに。だって自分の温かさを感じてるもの。だからお願い、私の体を一緒に探してほしいのよ』
そして俺は頭を抱えることになる。
「それで?」
『え? それでってなに?』 「いやだから、君の体を探すのはいい。百歩譲って亡くなってない事にしょう。で、探してあったなら良かったなぁってなるけど、なかったらどうするの? 俺はまだ中学生だよ? できることも行ける範囲も限られるのに……」 やるだけやってみようというような軽い気持ちには到底なれない内容だった。だからこそ、その後の事を考えておかねばならない。『そうねぇ、マズは生きてるって事を君が信じてない事には今は目をつむることにして、まずは探してくれるだけでもありがたいわ』
――あぁ~やっぱり関わらなきゃ良かったな。そしてやっぱりお嬢様だ。こちらの都合は考えてないみたいだしな。「俺にメリットは?」
『メリット?』 「そうだろう? メリットがなきゃ何で初めましての幽霊ちゃんに従って、あるかないかもわからない体を探さなきゃならない?」 『!? ……確かに、それもそうよね』 ――だろ?そりゃかわいそうだとは思うけど、初めて会った幽霊ちゃんに義理はない。まして今は妹を先に行かせたままの買い物の道中なのだし。伊織を待たせたままなのは凄く気が引ける。それにたぶんその願い事に付き合うことになったら一日や二日では到底難しいだろう。だからこそ俺じゃない誰かを頼ってほしい。まだ中学生の俺には何も力はないのだ。
『わかったわ』
「へ?」 『わかった。たぶん当分はかかるでしょう、その間私はあなたにできるだけ協力する。そばを離れずに』 「おまっ!!」――ぜんぜんわかってねぇ!! やっぱこの子はお嬢様だった!!
『それからもう一つ』
「なんだよ?」 俺は帰りたくなっていたのだけど、多分ついてくるなと言っても、この手のタイプには通用しないだろうと諦めてため息をつく。『もし、無事に身体があって、元に戻ることができたら……シンジ君、あなたの彼女になってあげるよ』
ニコッとはにかむカレン「ぶふぉっ!! お、おまえ、何言ってんだよ!!」
――ニコッとなんて俺にしてんじゃねよ!!かわいいなって思っちまったじゃねかよ。幽霊なのに。ほんとに幽霊なのか?『だって、いないんでしょ? カ・ノ・ジョ』
焦る顔を見られたくないから、飛ぶくらいの勢いで座っていたベンチを後にする。「あぁ~、とその、わ~ったよ。探すの手伝ってやるよ」
『ほんと?! ほんとに探してくれるの?』 「ああ、そのかわり伊織には手を出すなよ?それが条件だ」 『やったぁ!! やっぱりシンジ君優しいね。思い切って声かけてよかったぁ!!』本当に嬉しそうに鼻歌交じりに上機嫌についてくるカレン。
頼みを引き受けた理由……。カレンのことがかわいそうだと思ったこと。まぁ同情心ってやつが湧いて来たってのもあるし、そのルックスや「彼女」という言葉に下心が動いたのも間違いじゃない。 でもそれ以上に感じたこと。今まで出会ってきたそのモノ達はすべてとは言わないが、ほぼ後ろ暗い感情で沈んだモノたちしか居なかった。しかしカレンは全開で前向きである。そう見えるだけかもしれないけど、彼女からは特有の感情が感じられなかった。 だから俺は本心では関わりあいたくないと思っても、母さんの言葉を思い出して彼女の前向きさに役に立てたらいいなって……そう思ったんだ。『ところでシンジ君、義妹《いもうと》ちゃんのこと好きなの?』
「お前、何言ってくれちゃってんのかな?」 彼女を威嚇《いかく》するように目を細めてジッと見つめる 『違うの? なら大丈夫ね』 「何が大丈夫なんだよ?」 『なんでもなーい』くすくす笑いながらやっぱりふわふわと後をついてくる
「義妹《いもうと》には何もするなよ?」
『もし何かしたら?』 「成仏させる」 『でぇきないくせにぃ~』 あはははぁ~と笑うカレン ――くそっ! やっぱりかかわらなきゃよかった!!買い物予定のお店の前でショルダーバッグを下げて待っている伊織を見つける。こちらに気づいた伊織がぶんぶんと手を振ってくれた。
自然と駆け出す俺。
仲のいい兄妹に戻った瞬間だが、先ほどまでとは違い俺の後ろにはふわふわ浮いたカレンがいる。伊織が見えていないことを心の中で祈るしかなかった。俺は今海を見つめている。 市川家の別荘のあるところから歩いてわずか五分のところにあるプライベートビーチ。砂浜にビーチパラソルを刺して、広げたレジャーシートにみんなの荷物が置いてある。「君もやはり|男《・》なのだな」「な、なんだよ急に!!」 隣にいたレイジがぼそっと漏らす。「君の視線が……」「へ、変な事言うなよ!! 俺が見てるのはひろぉ~~い海だ!! 決して水着姿の女の子達じゃないぞ!!」――そう断じて俺は見てないと言い張ってやる!!「別に悪いとは言わん。むしろ君たちなら当たり前なのではないのか?」「そ、そうかな?」「君は優しすぎる。そして隠し事をするのが上手らしいな。それともその想いに気付いていないだけなのか? いや……フタをしているだけのようだな……」 隣でブツブツと言い始めたレイジを放っておいて、俺はとりあえずまた海《・》を眺めることにした。――しかし良い眺めです。いろんな意味で。 サラッと説明しておこうかな。 カレンは赤いビキニです。さすがアイドルって感じに引き締まった体のラインが凄いですね。PVの撮影って言われても納得してしまう感じに動き回ってます。市川姉妹の姉、響子もビキニを着てますけどこちらは白、おっとり系な響子にしては水着は少し大胆なのかな? 太陽に反射して眩しいです。妹の理央は青い少し露出の多いワンピース。腰にパレオ巻してるけどやはり響子と双子っ娘《こ》ですね。スタイル良さがそれだけでわかります。この市川姉妹もカレン同様に雑誌等に出ていてもおかしくないと思う。相馬さんはセパレートタイプの水色の水着で、引き締まった体が眼を引き付けるものが有ります。かなりトレーニングでも積んでいるみたいです。――あれ? そういえば相馬さんて部活やってるんだっけかな? 日暮さんは黒のちょっと際どい背中のスリットが特徴的なワンピース水着。巫女姿ではわからないけど、日暮さんも出るとこは出てて、
「ひゃう!! ブ、ブラコンとか…そんなんじゃないんですぅ~~!!」 叫びながら立ち上がって走っていく伊織。「あ、逃げた」 ぽつりとつぶやく日暮さん。顔を見合わせるカレンと市川親娘。――なんだこれ……。「私はどうしたらいいのかな?」「レイジはそのままみんなと話をしててくれればいいよ」「ふむ。理解した。そうさせてもらうとしよう」 で、俺はというと逃げていった。 いや、走り去って行った伊織を追いかけていく。自分の部屋に割り当てられたところをノックしたけど返事がない。何度かたたいたけどそれでも部屋から反応が無いので、恐るおそる中をのぞいてみる。 伊織の姿は見当たらなかった。そのほかに行くところと言えば、浜辺の見える中庭くらいか。俺はそちらの方に足を向けた。 海の潮の匂いの混じった柔らかい風が顔をなでていく。そんな感覚の中、走って行った伊織を追いかけて中庭まで来たんだけど、その伊織の姿が見当たらない。もう少し浜の方に行ったかもしれないと、浜に続いているだろう道を歩いて行く。少し入ったところに小さくかがんだ女の子がいた。 後ろ姿で分かる。妹だ「伊織探したぞ!!」 振り向いた伊織は悲し気な表情をしていた。眼に涙がうっすらと溜まっているようにも見える。「ど、どうした!?」「お、お義兄ちゃん。これ……」 視線を移していく伊織。その視線に合わせて俺もその後を追う。 そこには草むらの中にポツンと一体だけ石でできた人形のようなものが無造作に横になって転がっていた。「こんなところに……」「お義兄《にい》ちゃん、これってお地蔵様だと思うんだけど……」「それはちょっと考えられないというか…。ここは個人所有の土地だからね、その敷地の中にお地蔵さまって普通はないよ。とりあえず一回みんなのところに戻って市川姉妹の
「え~っと……お義兄《にい》ちゃん、その後ろの子って……誰かな?」 光に包まれた俺が戻ったとき、隣には先ほどお願いしてきた少年が何事もなかったように立っていた。どうしたもんか一人で考えるよりも、みんなと相談した方が良さそうだと判断した俺は、自分に割り当てられた部屋の中に荷物を置いて広間の方へと歩いて向かって行った。そこで出会ったのが義妹《いもうと》の伊織で、クチから出たのが先ほどのセリフである。――そりゃぁそう言うようなぁ……。 分かってはいたんだけど、言われると少し申し訳なさが込み上げてくる。ここには楽しみに来たはずなんだけど、もうその目的も崩壊したのと同じだから。「うん。説明は後でみんな一緒の時にするんだけどね。そういえば……君の名前を聞いてなかったよ」「名前……か」 隣に並んでいる少年は、その質問に考え込んでいるようだ。「ないの?」「君たちの言う名前……とは私を呼ぶためのモノなのだろう? なら……無いかもしれないなぁ」「違うよ!!」 話を聞いていた伊織がツカツカと近づいて来て、少年の前にヒザを曲げて目線を合わせる。「名前は君自身を表すもの。今ここにいる君の存在の事だよ、ただ呼ぶためのモノじゃないよ」「ふむ……君はなかなかいいことを言う。では君が名前をつけてくれないか?」「え!?」 伊織が「困ったよぉ!!」って顔して俺に視線を向けてきたけど、そんな簡単に名前なんて思いつくものでもないし。俺にそんな能力は備わってない。「な、名前かぁ……う~ん。じゃぁレイジとか?」「レイジ……か。良いだろう、これから私はレイジだ。よろしく頼む」「決まっちゃったよ……」――あれ? そういえば、このコと一緒にいるのになぜだろう嫌な感
「はい、着きましたよぉ」 こちらを振り向いてにっこりとする市川夫人。近くで見ていると確かに響子・理央姉妹のお母さんだなぁって感じる。姉妹に表情がそっくりなのだ。日暮邸から、きゃぴきゃぴ声が響き渡る車で走る事一時間。途中で一回だけ大きな道に出たけど、それからまたすぐ小道に入り直して林の中を走る事十分。目の前に大きな洋館のような建物が見えてきた。「ここって……」「わぁ……おっきぃ」「お城?」 車を降りながらそれぞれが感想を述べる。それほど大きくてとても日本にいるとは思えない家……ではないな、欧米にでもある様な屋敷が建っている。中世のヨーロッパ風な佇《たたず》まいを持つこの建物は、とても個人で所有できそうなものには見えなかった。――そして気になる事がある……。「この感じは……」「お義兄《にい》ちゃんこれって……」 伊織も感じるようになったみたいだけど、この俺の体が重くなる感覚はこの街に降り立った時から感じてるモノ。それが、ここにきて急に強くなった。近くに影響してるモノがあるのかもしれない。ただ今はそれを探したりするよりも考えなきゃいけないことがある。――そう……。「え~っと、すいません。今日からここに泊まるってことですけど、ご主人はどちらに?」「いないわよぉ」 何ともあっさりに言い放った市川夫人。「いないって……男は俺だけって事ですか!?」「そうですよぉ。あら? あららぁ? なにかまずいことでもあるのかしらぁ?」 荷物運びしてる俺の近くに、市川夫人が凄く楽しそうで面白がっているような表情をしながら体を近づけてきた。「いや、べ、別にないですけど。ちょ、ちょっと近いです!!」「あら、照れちゃってかわいいわねぇ」
空の上から眺めること幾年。人々は変わった。争いだけが日常だった幾百年も昔。自分が何かできるとおごり手を出した。それが元で争いが続いていくとも知らずに。 今は世界の国と言われるところで数々の争いがおこる中、自分はここにたたずんでいる。いや動けずにいる。もう終わらせたいとも思う。誰かこの想いを受け止めて欲しい。 今はただ眠りたい。 元々いた場所に帰れるとは思っていない。帰る気もない。 この場所で、この土地で眠りたいただ今はそれだけを|希《こいねが》う わたしは今、とてつもなく心の中につまらなさを感じている。 カレン事、私と他のみんなで二日間、藤堂兄妹《とうどうきょうだい》ナシで過ごす事になったんだけど……「なんか……つまんなくない?」「そうねぇ……」「二人とも寂しいだけでしょ?」 少し歩けばこの市川邸が保有しているプライベートビーチに行けるのだが、今日は何か行く気にならない。やっぱりなんか物足りない感じなのよね。だから、この理央《りお》の言葉にも否定できなかったんだけど、なんだろう? 響子まで黙っちゃったけど。「ねぇ、カレン……」「な、なぁに?」「真司君と何かあったの?」「え!? な!? えぇぇぇぇ!!? どうして!?」 響子から振られた言葉に完全に動揺してしまった。「なんだか…少し前、夏休みに入る前位から様子がおかしいから……かな?」「べ、別に何もないけど!?」「「ふぅ~ん」」――さすが双子だなぁって思う。返事がそろっちゃうんだよね。「あ、あのね、実はあたしシンジ君と約束してた事があってその話をちょっとしたかな?」「どんな約束?」「その……か、カノジョになってあげるって……」「「えぇぇぇ!!」」
その横では舞台上で結構な騒ぎになっていた。舞う予定の巫女さん二人と、それに付きそう男方が一人の合計三人が抜けてしまう事になる。その代役として舞台上で舞う巫女さんの事、演舞の題目や舞台点検修理のため。「だめだ!! 巫女さん一人は今こっちにはいないそうだ」「どうする? 延期にするしかないか?」「いやダメだ。今まで何が有っても中止はもちろん延期もした事の無い行事だ。何とかして探すしかない」 そんな話が飛びかう中で一人考え込んでいた日暮さん。突然立ち上がってこちらに真顔のまま向かってきた。「藤堂クン、妹さんお借りできない?」「「「は?」」」 三人から同じセリフが飛び出した。まぁ確かにここに藤堂は三人いるんだけどね。「あぁ、ごめんなさい言い方を変えるね。伊織ちゃん……一緒に踊ってみない? どうかな藤堂クン」「「「えぇぇぇぇぇ!?」」」 どちらにしても三人から同じような声が舞台の上に響き渡った。ただまぁ俺はそうなるんじゃないかと半ば予想はしていたからこそ、伊織には残ってもらっていたんだけど。それに伊織が舞うところをもう一度見てみたいなんて考えも有ったりなかったりするのは内緒だ。シャンシャンシャンシャンシャン「ダレ?」「かっわいいぃ」「綺麗ねぇ」 俺達の前にいる舞を見に来た人たちから歓声が上がっている。隣では。「ううぅ」「父さん、何で泣いてるんだよ」「伊織も……大きくなったと……思ってな」 そう。現在その伊織は目の前の舞台の上で毎を踊っている。練習用のなんちゃって巫女さん姿ではなくて、演舞用のすごく綺麗な衣装を着て少しだけ化粧をした姿で。「確かに、綺麗だ……」 一生懸命に舞うその姿は本当に綺麗だと思った。 後々